南正人プロフィール
座右の銘であった「一期一会」のフィーリングは今や骨のズイまでしみわたってしまった。
今日という一日との相思相愛関係はアツアツでっせ。
生まれ、S19.3.3。東京。
20歳(1964)世界一周いきあたりばったりの旅に出る。
丸2年放浪の果て、スペインで栄養失調で、やもえず帰国。
やがて、本気で、歌を曲を書きはじめる。
山ほどイロイロな出来事が起きて現在に至る。
生きているだけで、ありがたい心境になっている。
1960年代、70年代、80年代、90年代の日本の音楽シーンの面白い話をリアルに語れる貴重な語りべになってしまったようだ。
あの町、この町、日が暮れる、暮れたら飲んで歌おうや。
「ナミさんのファンなんなんす」と言ってくる若者には、変な人間がとっても多い。全国的です。
なんでですかねぇ〜〜〜。
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本名:南正人(ミナミマサト)
生年月日:昭和19年(1944年)3月3日、東京・阿佐ヶ谷生まれ。
東京外語大学スペイン語科在籍中、休学届けを出し、少年の頃からの夢を実現すべく日本を脱出。(1964年、春。1ドル=365円の頃)大平洋を船で渡り、アメリカ、メキシコ、ヨーロッパ各地を丸2年間放浪。
バイトで食いつなぐいわゆる無銭旅行のはしりである。帰国後、大学を卒業するものの、就職せず、ベトナム戦争という時代背景のもと、反戦集会などで自作のメッセージソングを歌い始める。
ひょんなことがきっかけで、初シングル「ジャン/青い面影」を’69にリリース。’71年に初アルバム「回帰線」を発表。話題作となったが、同年芸能界に見切りをつけ、都会を離れ、山の中での実験的コミューン志向の生活を始める。
が、それも長くは続かず、火事を境に再び東京にもどる。(1973年)“旅をしろ”という天からの声を聞き、北海道から九州までの全国ツアーを始める。
以後、年間100本は超えるライブを30年つづけている。1988年、8日間にわたり、参加者が8,000人を越す『いのちの祭り in 八ヶ岳・NO NUKES ONE LOVE』において、それまでの体験を生かし、音楽総監督及び、トラブル処理係として獅子奮迅の働きをやってのける。
また1991年8月にも「いのちの祭りin六ヶ所村」をプロデュースした。やがて視野を広げ、アジア各地を旅しながら、音楽を中心とした人々の交流に情熱を燃やし、1997年にタイのチェンマイにて第1回日本とタイの草の根コンサートを実現。日本から500人以上の人が参加。2002年にも第2回をプロデュース、成功を収めた。
2003年春リリースしたアルバム「SONGS」が10枚目のアルバムとなる。2004年に南正人&リバーの音源「Live On The Road 80s」をリリース、2006年には新旧の楽曲を織り交ぜた「風来坊の唄」をリリース。
2010年、タイのチェンダオにて「水と星の祭りチェンダオ(のちのシャンバラまつり)」を主催。翌2011年2月も同場所にて「シャンバラまつり」を主催。これは第3回目の日タイ草の根コンサートとなる。
現在も日本全国をツアーでまわっている。
