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東京、青山のクラブで弾き語りのアルバイトをしていたところを、浅川マキのプロデューサーであった
寺本氏にスカウトされ、作られた記念的初シングルレコード。A面「ジャン」の作詞を手がけたのは、ロン
ドンのユースホステルで知り合った友人、山田タツロー。南にとって作詞という行為は、まったく未知の
領域であった。
青山のクラブのカウンターの中で働いていた成田ヒロシという同世代の友人に刺激され、シンガーソ
ングライターとしての生き方を決意する。


